今日は新しい命が誕生した日。2008年6月12日 12時55分。
出産の現場に立ち会うことができて僕は今までに味わったことのない感動と、強い夫婦の絆を感じた。
・6月8日(日) 未明
5分おきの陣痛が始まったため、産院へ連絡して車で行く。子宮口は開いていないがそのまま入院。
・6月8日(日) 8時頃
僕は一旦、うちに帰りさよのお母さんに連絡。さよのお母さんは大阪から病院へ来ることに。
・6月8日(日) 13時頃
再度、産婦人科へ面会に来る。しかしながらさよの陣痛は間隔が長く、しかも弱くなっている様子。
・6月8日(日) 16時頃
さよのお母さんが産婦人科へ到着。
・6月8日(日) 20時頃
僕とさよのお母さんはうちに帰る。
・6月9日(月) 午前中
さよの陣痛が無くなってしまったため、一旦うちに帰ることに。
・6月9日(月) 夕方頃から
再び陣痛が始まる。この日の夜はさよも僕もほとんど寝れなかった。
・6月10日(火)
この日は一日中、さよは陣痛で苦しんでいた。でも破水はしていない、赤ちゃんは下に降りていない、子宮口が開いている感じがしないため、産院へは行かずに自宅にいる。
・6月11日(水) 1時頃
陣痛で苦しんでいるさよを見かねて産院へ行くように促す。一緒に車で産院へ行く。
子宮口はあまり開いてはいなかったが、陣痛が始まっているため再度の入院。しかし空き部屋がないため、分娩待機室にて夜を明かす。
・6月11日(水) 9時頃
破水。この後から陣痛が強くなり見ているのがつらい。その後の診察で子宮口は3cmになっていた。
・6月11日(水) 15時頃
助産婦さんの助けもあり徐々に強くなる陣痛を呼吸法で乗り切る。この時点で子宮口は6cmになっていた。
・6月11日(水) 18時頃から
子宮口が6cmのまま陣痛の間隔が長く、しかも弱くなってしまい、本日中の出産は無理だと言われる。
今日産まれると信じていただけに、精神的なダメージは大きかった。寝不足の上に定間隔で必ずやってくる陣痛で寝ていても起こされる。この状態で翌朝まで頑張ることができるのだろうか・・・
・6月11日(水) 20時頃
何とか本日中に産まれるようにしてほしいとお願いするが、陣痛促進剤の使用は夜は危険なため実施しない、帝王切開はなるべく実施したくないため、やはり陣痛が強くなることを待つしかいない。
・6月12日(木) 3時頃
さよが精神的に限界の状態。僕は副院長先生に呼ばれて話をした。
「本人は絶対に弱気になります。その弱気になった本人を支えるのは家族のサポートしかありません。つらそうにしている本人を目の前に酷だとは思いますが、励ましてあげてください。」
つらそうなさよを見ていて僕も弱気になっていた。こういうときこそサポートが必要なのだ。
・6月12日(木) 7時頃から
時間との闘いだった。こんなに時間が長いと感じたことはなかった。
しかしさよは陣痛の合間に眠りながら何とか耐えてくれた。陣痛が来ることを期待して陣痛促進剤を使用することに。
陣痛促進剤を使用して陣痛が強く、しかも間隔が短くなる。寝不足で体力的にも精神的にも限界状態のさよにとっては、このときの陣痛は耐え難いものだったろう・・・僕はもう近くで見守るしかできなかった。
・6月12日(木) 12時頃
長く苦しかった陣痛に耐え、ようやく子宮口が全開になり、分娩室へ。長かった闘いもようやくクライマックス!!!僕も立会いのため、ビデオカメラとうちわを持って分娩室へ。
・6月12日(木) 12時55分
体重3704g、身長53cmの大きな女の子が産まれる。産まれてくるところを見ることができて本当に感動的だった。出産は本当に感動的だ。もう何度も涙してしまった。